プラズマ☆まとめ特報

おもしろいアニメ、ゲームを中心とした2ch情報をまとめます。 声優、国内海外ドラマや映画の2ch情報もまとめます。レトロゲームも書いております。

    プラズマ☆まとめ特報                nandemoyuuyuu@yahoo.co.jp

    カテゴリ:漫画 > 漫画家

      mixiチェック
    漫画家・みなもと太郎さん死去 74歳 「風雲児たち」

    風雲児たち』(ふううんじたち)は、みなもと太郎による日本の漫画である。第一部として1979年(昭和54年)7月から同年11月の7回を潮出版社が刊行した雑誌『月刊少年ワールド』に、翌1980年(昭和55年)から同社刊行の『コミックトム』に連載。全212話ほか外伝もある。
    35キロバイト (5,002 語) - 2021年8月20日 (金) 03:55



    1 名無し募集中。。。

    漫画家・みなもと太郎さん死去 74歳 「風雲児たち」

    2021年8月20日05時00分

     歴史大河漫画「風雲児たち」で知られる漫画家みなもと太郎(みなもと・たろう、本名・浦源太郎〈うら・げんたろう〉)さんが7日、心不全で亡くなった。74歳だった。昨年から肺がんで闘病中だった。葬儀は家族で営んだ。喪主は妻静香さん。


     京都市出身。1967年にデビュー。79年に連載を始めた「風雲児たち」は、関ケ原の戦いから幕末の動乱へ至る壮大な歴史を、ギャグ漫画のタッチで生き生きと描き、歴史漫画に新しい地平を開いた。2004年に手塚治虫文化賞特別賞、20年に日本漫画家協会賞大賞を受賞。
    三谷幸喜さんの脚本で18年にテレビドラマ、19年に新作歌舞伎になった。続編「幕末編」を「コミック乱」(リイド社)に連載中だったが、未完に終わった。


     作品はほかに「ホモホモ7」「レ・ミゼラブル」など。漫画研究家としても知られ、著書に「お楽しみはこれもなのじゃ 漫画の名セリフ」「マンガの歴史1」などがある。15~20年には手塚治虫文化賞選考委員を務めた。

    https://www.asahi.com/articles/ASP8M6VXRP8MUCVL016.html


    【【漫画家】みなもと太郎さん死去 作品「風雲児たち」】の続きを読む

      mixiチェック
    漫画家の鳥山明さん、悶絶劣化

    鳥山 (とりやま あきら、1955年〈昭和30年〉4月5日 - )は、日本の漫画家、デザイナー。愛知県名古屋市出身、愛知県清須市在住(合併前は清洲町)。プロダクションは「BIRD STUDIO」(バードスタジオ)。血液型はA型。妻は少女漫画家のみかみなち。 1978年に『週刊少年ジャンプ』52号に
    104キロバイト (14,931 語) - 2021年8月10日 (火) 15:48



    1 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします

          

    (出典 i.imgur.com)


    比較

    (出典 i.imgur.com)


    (出典 i.imgur.com)


    (出典 i.imgur.com)


    【【画像】え?これがホントに鳥山明が書いたの?っていうイラストwwww】の続きを読む

      mixiチェック
    【漫画家】“中間管理録トネガワ”作者・橋本智広、居酒屋でサシ飲みをしてコロナ感染「入院して肺が真っ白状態」「人工心肺装置一歩手前」  [Anonymous★]

    賭博黙示録カイジ > 中間管理録トネガワ 『中間管理録トネガワ』(ちゅうかんかんりろくトネガワ)は、原作:萩原天晴・漫画:橋本智広、三好智樹・協力:福本伸行による日本の漫画。福本伸行の作品『賭博黙示録カイジ』の登場人物の1人・利根川幸雄を主人公としたスピンオフ作品。『月刊ヤングマガジン』(講談社)に
    61キロバイト (7,766 語) - 2021年8月17日 (火) 04:22



    1 Anonymous ★

    https://news.yahoo.co.jp/articles/dae2098f10b544c99f0494ef7979d65df335f248

     「中間管理録トネガワ」などを手掛ける漫画家の橋本智広氏(45)が13日、自身のツイッターを更新。新型コロナウイルスに感染し、入院中であることを明かした。

     「7月27日にコロナの陽性が出まして、そこから保健所と毎日連絡をとりながらも入院は出来ないとのこと。しかし8月4日自ら救急車を呼び、なんとか東京医大に入院できることになりました。地獄はここから始まるんです」と壮絶な体験を記した。

     「たくさんの医者に囲まれて質問と確認を食らいながら服は全部脱がされ“ああ…これは大事に…”とそのまま気を失いました。起きたら集中治療室で全身に管を通されていました。何もしちゃいけない状態です。人工心肺装置一歩手前でした」「肺炎は広がっておりレントゲン写真は肺が真っ白でした。そしていったん肺炎になったらすぐに治るものではないらしく、後遺症ではないがしばらくはすぐ息苦しい状態になるらしい。この後は漫画に描いてやろうと思ってます」とつづった。

     さらに「コロナはただの風邪ではないということを伝えたいです」とし、現在は一命をとりとめたものの「水もまだ飲めないし、鼻から管が胃に通ってる」とした。

     感染した原因については「一つしかなくて、居酒屋でサシ飲みしたことだけ。もちろんその友達には伝えたし、保健所にはお店も伝えた。予防としての手指の消毒は怠けていたと思う。昨年の方がちゃんとやってた。トイレにもマスクして行った方がいい。地下のお店だし換気がいいとは思えなかった。消毒予防の徹底が大事」と呼びかけた。


    【【漫画家】中間管理録トネガワ作者、コロナ感染。一命をとりとめるものの重症】の続きを読む

      mixiチェック
    【訃報】漫画家サトウサンペイさん死去、91歳 「フジ三太郎」  [征夷大将軍★]

    サトウ サンペイ(本名:佐藤 幸一〔さとう ゆきかず〕、1929年9月11日 - 2021年7月31日)は、日本の漫画家。 「平凡なサラリーマンの生活」を描き、「サラリーマン漫画」の創始者と評されるほか、紀行文やエッセイの執筆もおこなった。 愛知県名古屋市生まれ。生家は時計製造販売会社「佐藤時計製作
    18キロバイト (2,226 語) - 2021年8月6日 (金) 05:47



    1 征夷大将軍 ★

     朝日新聞に26年以上にわたって連載した漫画「フジ三太郎」で広く親しまれた漫画家のサトウサンペイ(さとう・さんぺい、本名・佐藤幸一=さとう・ゆきかず)さんが、7月31日、誤嚥(ごえん)性肺炎で死去した。91歳だった。葬儀は近親者で営んだ。

     1929年、名古屋市で生まれ、大阪で育つ。京都工業専門学校(現・京都工芸繊維大)を卒業後、50年に入社した大阪の大丸百貨店の宣伝部に勤務しながら、新大阪新聞の連載でデビュー。57年退社後、61年に上京し「アサカゼ君」「ランチ君」をヒットさせた。

     65年4月、朝日新聞夕刊で「フジ三太郎」を開始。家庭ものが主流だった新聞漫画の世界に、サラリーマンが主人公という新境地を開いた。79年1月から朝刊に移り、91年9月30日に終了するまで26年6カ月、8168回の連載を続けた。高度成長からバブルまでの世相を、ジャーナリスティックな視線とカラッとしたユーモアで描いた。

     連載終了後も漫画やエッセーなどで活躍を続けた。66年に文春漫画賞、97年紫綬褒章、2017年日本漫画家協会賞特別賞。

    朝日新聞社2021年8月6日 5時00分
    https://www.asahi.com/articles/ASP857JNSP85UCLV00N.html


    【【漫画家】朝日新聞で4コマ漫画を描いていた漫画家 サトウサンペイ、91歳で大往生。】の続きを読む

      mixiチェック
    【漫画家】『テニプリ』作者、“トンデモ展開”は読者のツッコミ待ち? 「ONE PIECEに負けたくない!」90年代ジャンプデビュー当時を語る  [爆笑ゴリラ★]

    許斐 (このみ たけし、1970年6月26日 - )は、日本の漫画家。ハッピーメディアクリエーター。大阪府豊中市出身。東海大学卒業。既婚。千葉県在住。血液型はO型。 1970年、大阪府豊中市に生まれ、1か月後に上京する。1993年、「鉄人〜世界一固い男〜」でデビュー。1997年、『週刊少年ジャンプ』(集英社)にて『COOL
    15キロバイト (2,147 語) - 2021年6月19日 (土) 16:18



    1 爆笑ゴリラ ★

    7/8(木) 8:40配信
    オリコン

    9月3日に公開する3DCG映画『リョーマ! The Prince of Tennis 新生劇場版テニスの王子様』メインビジュアル

     連載開始から23年目を数える人気漫画『テニスの王子様』(公式略称:テニプリ)シリーズ。「週刊少年ジャンプ」にて『テニスの王子様』(1999-2008年)を連載後、2009年から『新テニスの王子様』を「ジャンプSQ.」にて連載中だ。9月には同作10年ぶり4作目となる劇場版が公開されるが、主人公・越前リョーマがアメリカでタイムスリップ、テニスギャングとラップバトルを繰り広げるという内容に「ついに時空を超えたか」「テニスギャングって何?」とツッコミの嵐にも。本誌連載でも、透明人間の出現や馬上テニスなど“常識外れ”のテニスがSNSを幾度なくバズらせてきたが、こうした反響に作者・許斐剛先生は「術中にハマっています」と笑みを浮かべる──。

    ■「『SLAM DUNK』はあまりにも大きな存在」、メガヒット続く90年代「ジャンプ」デビュー当時

     『テニスの王子様』(以下『テニプリ』)の連載がスタートしたのは1999年。90年代の『週刊少年ジャンプ』と言えば、『DRAGON BALL』『幽☆遊☆白書』『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』『SLAM DUNK』『ジョジョの奇妙な冒険』などメガヒット漫画がひしめき合っていた。だが1995年に『DRAGON BALL』が、1996年に『SLAM DUNK』が終了し発行部数は減少。そんな中、1997年に『ONE PIECE』が登場し、『ジャンプ』が再び盛り上がりを見せていたところで始まったのが同作だ。

    ──メガヒットの後を追ってのデビューとなりましたが、当時どのような心境で描かれていたのでしょうか。特にスポーツものでは『SLAM DUNK』という偉大な作品もありましたが。

    【許斐剛】スポーツものとしてあまりに大きな存在ですよね。『ジャンプ』では過去に『キャプテン翼』のような作品もありましたが、『SLAM DUNK』以降、リアル系のスポーツ作品が増えていた印象です。当時、どの作品も『SLAM DUNK』との比較を免れ得なかった。そんな中、私は、リアルなものも好きですが、漫画にしか出来ないものを見せたいという想いがありました。男子テニスの漫画も当時なかったので、「これは絶対にヒットするだろう」という確信も実はありました。

    ――その確信の根拠は?

    【許斐剛】主人公の越前リョーマというキャラクターですね。『ジャンプ』らしい熱い主人公ではなく、クールなライバルタイプを主人公に据えたこと。ですが主人公が無口になると暗い作品になってしまいます。私は王道が好きなので、そのために、主人公をリョーマにするなら、周りを囲むキャラをしっかり描きたいと思いました。つまり、(リョーマが通う)青春学園中等部のチーム全体を主人公として定義し、その中で個性づけを。それに対するライバルも同じようにチームひと塊にして各キャラの個性をだしていく。格好いい男の子たちがパーティーを組むスポーツものはちょっと新しいんじゃないかと。ですから『テニプリ』では個人戦ではなく団体戦ばかり描かれるんです。

    ――規定のものではない作品作りを目指された。

    【許斐剛】他の作家さんには作れないものを作りたい。勝つとか負けるとかの分岐路で、普通ならばAをとり、「Bはないよ」という流れがあるとすれば、私はそのBをとる。そのBルートを面白く描くのがこっちの仕事ですし、それができれば読者の予想を裏切れますから。

    「『ONE PIECE』にも負けたくない」、アンケート1位への想いが“一歩外れた”展開に
    ――そんな『テニプリ』ですが26巻で“無我の境地”という超人的な技が登場して以来、凄技のオンパレードです。『ジャンプ』と言えば、『侍ジャイアンツ』(1971年)の魔球があり、『キャプテン翼』などもそうですが、技名を叫びながら超強力な必殺技を繰り出す王道の流れがあるかと思います。それを踏襲したのでしょうか?

    【許斐剛】そうですね…。それはファンタジー系の作品に負けたくなかったから、かな。『ジャンプ』は日本一の少年マンガ誌で、その中での一番を目指したい作家さんが集まってきます。トップ・オブ・トップを目指す作家さんがアンケート制というシビアな状況で切磋琢磨しているのが『ジャンプ』の強さで、例にもれず私も一番になりたかった。そうなると、『ONE PIECE』にも当然、負けたくない。ファンタジー要素のあるもの、大見得を切って必殺技を繰り出す作品は、子どもが夢中になります。それが必要だと思いました。しかし、格好いいだけだと受け入れてもらえない傾向も。“ダサ格好いい”方が面白がられますしね。

    全文はソース元で

    (出典 amd-pctr.c.yimg.jp)

    https://news.yahoo.co.jp/articles/e8bc7233010a72182a911f590b3c5093ae5dfc60


    【【漫画家】許斐剛、すべては自分の手の内と語るがwwww】の続きを読む

    このページのトップヘ